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既報のとおり、ソニーの「VAIO X」シリーズは、「軽い」「薄い」「長時間駆動」と、モバイルユーザーの求める機能を実現した、ある意味で夢の結晶のような製品である。一方でハードウエアの仕様を見ると、いろいろと物議を醸しそうな内容であるのも、また事実だ。 ソニーはどのような発想でVAIO Xを開発したのだろうか? VAIOシリーズの組み立て工場である、長野県安曇野市のソニーイーエムシーエス(株)長野テックにて、VAIO Xの開発・製造スタッフに話を聞いた。前編となる今回は、商品企画と開発の工夫について注目した。 手弁当の勝手プロジェクトからスタート 狙いは「Atomだからできるモバイル」
VAIO Xとは、中身だけを見れば「Atom Zを使って省電力・コンパクトに注力したノートパソコン」である。またCPUに着目すると、2009年1月に発表された「VAIO type P」と同じで、「なんだ、type Pの流用じゃない?」と思われそうだ。 だが実際には、それはまったくの誤解だ。VAIO Xは、type Pとは独立して、完全に1から設計された製品である。VAIO Xは、どのような狙いで開発されたのだろうか? 商品企画担当の星 亜香里氏は次のように発端を説明する。 星「Atom Zを使ってなにができるだろう? と考えた時に、安くて小さくて……というものだけでなく、VAIOらしいものができるのではないか、という議論になりました。その中で『消費電力が小さくて薄い、理想的なモバイルができるのではないか』という発想から、かなり設計主導でスタートしたのが、VAIO Xになります」
設計側のチーフとして、内容の吟味に入ったのは林 薫氏。VAIO type Zなど、同社の「軽量モバイル」を一貫して手がけてきた人物である。 林「そもそも僕たちには、ずっと『本当に持ち歩ける商品を作りたい』という思いがあるんです。そういう思いから作られたのが、初代の『VAIOノート505』(1997年に発売されたPCG-505)や『VAIOノート505エクストリーム』(2003年に発売されたPCG-X505)でした」
「インテルのCPUはこれまでずっと、とにかく『最先端・最高性能のCPUを作る』ことに注目していて、微細化された製造プロセスも、さらに性能を上げるために使われていました。『前へ前へ』という形ですね。たまにモバイルに回帰するんですが、気がつくとまた性能重視に戻ってしまう。モバイルの商品を担当している身からすると、本当にやりたいことに対して、(演算能力が)オーバースペックすぎる印象がありました」 「そんな中で、Atomのロードマップが出てきた。Atomというのは、今までのモバイル用CPUとは違う観点で生まれてきたもので、本当にこの路線がずっと続いていくとすれば、僕らも『お客様に喜んでもらえるモバイル機器が作れる世界が待っているはずだ』と思いました。そこに賭けてみたい、と思ったんです」 そこで、林氏を中心とする技術検討チームは、商品企画が正式にスタートする前の段階で、ベースとなる「モックアップ」を作った。手弁当による「勝手プロジェクト」だ。
林「現在手元にある技術、手に入るパーツを使うと、いったどのくらいのものができるのかということを、概算でまとめたものを作ったんです。それがXの元となりました。600g台でこのフットプリント、というのは、最初から提示していたものです」 「モックアップを作ったのは、『僕たちに任せてくれれば、今これだけのことができるから、製品化しましょう』ということを、マネジメント層に伝えて説得するためです。事業部長にそれを見せると、『おまえ、これが本当にできるのか』と言われました。もちろん我々は『やります』と答えます」 より完成されたモバイルノートを目指して 開発されたVAIO X
そうして、VAIO Xの開発は正式にスタートする。その時、林氏が念頭に置いていたのは、ある商品に対する「思い」だ。
林「考えたのは、『持ち運びを重視するために、なにかを犠牲にしない』ということです。X505と言うのは今から考えると、『薄さありき』で使い勝手を犠牲にした部分がありました。だからそうではなくて、きちんとお客様に価値を提供し、喜んでもらったうえで『こんなにキレイに商品にしました』というものができるはず、という確信がありました。そういう製品はぜひやるべきだし、『VAIOのひとつの理想形だよね』という考えに至ったのです」 例えば、X505の時代にはすでに無線LANが一般化しつつあったにも関わらず、本体内に無線LANやEthernetのコネクターを搭載できなかった。アナログRGB出力も外付けだった。だがVAIO Xでは、それらをすべて本体に搭載することに成功している。「なにか別のものを持ち歩かないといけないのでは実用性が低い」と、林氏が考えたためだ。 実は、検討チームが作ったモックアップには秘密があった。確かに部品を積み上げれば、モックアップと同じサイズ・軽さになる。しかし、その段階では単純に部品を積み上げても、決して「モックアップどおりの製品」はできなかったのである。 林「当時はあえて、部品同士のマージンを考慮しませんでした。部品同士を積み上げた、ギリギリの値を提示していたのです。もちろんこちらで技術的な検討は行ないましたが。その上で提示したのが13.9mmという厚さだったわけです」
星「実のところ、当初は13.9mmの厚さでは入らない部品もありました(笑)。アナログRGB出力の端子とか、Ethernetのコネクターなどです」 林「そこは『うちのチームならなんとかしてくれるだろう』と信頼していたわけです」
無線LANやWAN、バッテリーでサイズが決まる 片面実装でtype Pより2割薄くなる
そんな無茶振りから、VAIO X開発プロジェクトはスタートする。実際の開発は、品川にあるソニー本社のチームと、生産を担当する長野テックの開発部隊が共同であたった。担当チームの中には、VAIO type Zやtype G、type Uといった小型軽量モデルの経験が豊富なスタッフが揃っている。 彼らが考えた「使い勝手を犠牲にしないパッケージ」を理解するには、中を分解しながら見ていくのがわかりやすいだろう。それはすなわち、林氏たち初期検討チームが作ったモックアップを、現実のものにしていく過程にほかならない。
まず重要になるのはバッテリーだ。長時間駆動を実現するには、それだけ容量の大きなバッテリーを搭載する必要がある。バッテリーは単体のパーツとして最大のものであり、厚さ・大きさを規定する上で大きな制約となる。 林「軽くて薄くても、バッテリーライフが短ければなんの意味もありません。Xの場合には、このサイズでtype Pの大容量バッテリーと同じ容量(4100mAh)を確保しています。キーボードの下の部分にバッテリーがあり、ボディーのほぼ半分をカバーしてしまいます。すなわち、マザーボードなどには残りの後ろ半分しか使えません。『では、ここに(本体部分を)入れるためにはどうしたらいいか』と、設計の検討を始めました」
設計を担当した、VAIO事業本部 PC事業部2部2課の新木将義氏は、検討の経過を次のように説明する。
新木「バッテリーをとにかくたくさん搭載したかったので、この位置に確保するのはシンプルな発想です。通常の大容量バッテリー、すなわち10時間は動作する状態にしても、外に飛び出さずフルフラットな形状を保つ、というのは条件に入っていました。薄さと重さも、林さんに相当初期の段階から指定されていました。ターゲットが出てきたことで、各担当がそこに向けて動き始めた、と言えるでしょう」 「結果的に、本体が入る場所はキーボードの下になります。そこでまず、『薄さの理論上の限界値はどこだろう』という検討に入ったのです。中でも一番分厚かったのは、無線系のミニカードです。これは規格で決まっているものですので、こちらでは大きさを変えられない。それならば『このカードの厚み以下にすべてを収めればいい』という発想をしました」 多層基板では前代未聞の片面実装
厚みを減らすためにまずやったのは、ミニPCI-Expressのカードを差し込むコネクターを、新規設計することだ。従来は基板の上にコネクターがあり、そこにカードが載る構造となっていたので、積み上げるものが多くなり、厚みが増してしまっていた。そこで基板を切り欠いて、「メイン基板の下に通信モジュールが潜る形」(新木氏)へと変更した。また、VAIO XではWANモジュールも搭載することが決まっていたが、こちらはフルサイズのカードしかないため、面積的にも大きな制約となった。 また同様に、厚さを減らすために採用したのが「片面実装」である。通常、ノートパソコンの基板では、各種部品は基板の両面に実装される。しかし、VAIO Xでは片側にしか載っていない。「両側に部品を搭載すると、どうしても厚くなる」ための配慮だ。しかし他方で、片面実装は意外と難しい技術である。部品の実装面積が純粋に半分になるため、パーツの適切なレイアウトがしづらくなるためだ。また強度を保つという面でも、片面だけに部品が文字どおり「偏って」いるよりも、両面に部品がある方が有利となる。
今回VAIO Xではその難題に挑戦し、薄型化を実現している。マザーボード全体での部品実装後の厚みは、type Pのそれに比べて3割ほど薄くなった。その過程では、長野の「設計部隊」と東京の「企画部隊」が連携することで実現できたことが多いのだが、その話は次週に公開する後編に譲りたい。今回は、あえて1枚の写真だけをご紹介しておこう。 これは、長野テック内にて、VAIO Xの強度評価試験を行なっている最中のものだ。端を持ち、これだけしならせても、VAIO Xは正常に動作を続けている。もちろん、メーカーとして「しならせる」ことを推奨したり、保証したりするものではないが、ヘビーな動作環境でもきちんと動作するよう、強度を保った設計が行なわれている印である。しかも、設計の難しい「片面実装」でだ。
20.5時間動作は「後付け」で生まれた?
液晶ディスプレーは大型化、でもバッテリー駆動時間は伸ばす
VAIO Xの特徴として、別売のXバッテリーをつけると最大20.5時間駆動という点が挙げられる。だが、Xバッテリーの存在は、設計当初から想定されていたものではなかったという。
林「実は、最初はLバッテリー搭載までで完結した形で考えていました。10時間保てば、たいていの方のニーズは満たせると考えていました」 新木「設計がかなり進み、スタミナ設計が確認されて、バッテリー駆動時間が見え始めてからですね。『Lバッテリーでここまで保つなら、もっと行けるんじゃない?』という話になりまして」 林「Lバッテリーで10時間駆動が見えてきて、『じゃあ倍積めば20時間か?』という、わりと単純な話なんです。ただその過程で、重量の検討も見えてきて、『Xバッテリーを搭載しても1kgくらいですむ』ことが分かってきました。そうなると、『1kgで20時間って、欲しい?欲しくない?』という議論になる。誰もが『欲しい!』ということになりますよね(笑)」 後付けの発想、と言ってしまえばそれまでかも知れない。しかし、設計を突き詰めた結果、「1kg、20時間」というスペックが見えてきて、初めて今回のような構成ができあがることになった。Xバッテリーの搭載は、VAIO Xのキャラクターを決定する上で、最終的に大きな価値となったのは間違いない。 バッテリー駆動時間の向上に寄与したのは、「液晶モジュールの改良とパラレルATAのSSDの採用」(新木氏)だという。type Pの時代には、高速なSSDはシリアルATA接続のもののみで、パラレルATAにしか対応していないIntel US15WチップセットでSSDを使うためには、別途変換基板を必要とした。この消費電力が大きく影響していたという。 星「液晶パネルは、サイズが大きくなるとバッテリー消費が大きくなるのですが、今回はサイズが大きくなったのにバッテリー駆動時間は長くなりました。同様に、薄さもtype Pの液晶パネル1枚分くらい薄くなっています」
新木「type Tの液晶パネルをベースに、新規設計しました。重さ、薄さはTに比べ25%減少していますが、液晶パネルとしてのスペックは同等を維持しています。発色もNTSC比100%を確保しました。消費電力的に言えばtype Pを若干下回り、一般的な10型クラスのネットブック用のものに比べて、半分くらいになっているはずです」 スピード重視で「AeroもAVアプリもオフ」
発熱による速度低下を抑えるためにファンを搭載
VAIO Xの裏には、どうしてもtype Pという存在がちらついて見える。type Pは、VAIO Xと同じくAtom ZをCPUとして使い、チップセットも同じUS15W。type PはWindows Vistaを搭載して出荷され、動作速度はお世辞にも「速い」とは言えない製品だった。 そのため、後にWindows XP用のドライバーやXP搭載モデルもラインナップに追加され、「XPの方が動作が軽い」と人気が高かった。VAIO Xも同じAtom Zベースならば、Windows 7では実用的な速度では動かないのでは……。そう危惧する人がいるのも、無理からぬところだ。 だが、実際はそうではない。筆者も1週間ほどVAIO Xを使ってみたが、ちょっと意外なほど快適な速度で動くことに驚いた。もちろん「速い」わけではない。だが、ウェブを見たりオフィスアプリを使ったりといった、俗に言う「一般的な動作」で不快感を感じるシーンはなかった。同じAtom系でも、チップセット内蔵のグラフィック機能がWindowsでの処理に向いているため、「Atom Z系よりもAtom N系の方が快適」と言われることが多い。しかしVAIO Xに関しては、Atom N系に劣るという印象はなかった。もちろん、それには秘密がある。 VAIO Xは、標準搭載のOSがWindows 7 Home Premiumとなっている(CTO方式のVAIO OWNER MADEモデルはXPダウングレードモデルも選択できるが、WWANなどは利用できない)。ただし、Windows Aeroはオフで出荷される。AeroをサポートしていないWindows 7 Starterではなく、Home Premiumを採用しているにも関わらずだ。ハード的にもソフト的にも、VAIO XではAeroが動く(サポート対象外だが)。しかし、あえて速度重視でオフにして出荷されているわけだ。 また、VAIOといえば、さまざまなAV系アプリケーションが組みこまれて出荷されている、という印象が強い。だがVAIO Xでは、それらは標準状態では動いていない。限りなく「素のWindows 7」で動いているのだ。VAIO Xのソフトウエア開発を担当した、ソニーイーエムシーエスの市川英志氏は、次のように説明する。 市川「常駐アプリケーションはできるだけ減らしました。これらが多いと動作は重くなりますから。VAIO Xのターゲットユーザーにきちんと使っていただくために、『なんのアプリケーションが必要でなにが不必要か』ということを精査し、不必要と思われるアプリケーションは載せませんでした」 「Aeroをオフにしたのも同様です。パフォーマンス的に厳しいのは見えていたので、利用するユーザーのことを考え、あえてオフにしました。Aeroで実現できる機能とユーザーが必要とするものを天秤にかけ、パフォーマンスの向上を採ったのです。この点は、Atomのプラットフォームを採用すると決まった段階で、開発陣の中では共通の認識でした」 また、ソフト面ではもうひとつの工夫がこらされている。 市川「type Pで不満として寄せられ、そこから得た教訓は『動作の重さ』です。放熱対策による動作クロックの低下が、システムのパフォーマンスに影響を与えてしまっていました。そこで、今回は空冷ファンを入れて、緩和されるようにコントローラーの制御も改善しています」 搭載されたファンはごく小さく、薄いものだが、それでも効果は大きいようだ。少なくともテスト機で使ってみた限り、極端に速度が遅くなる状況は見られなかった。もちろん、全体の速度はやはり速いわけではない。だが、type Pで感じた「起動の遅さ」や、時折感じた「ひっかかるような遅さ」はなく、一定の速度で使い続けられる印象を持った。
星「VAIO Xは『アスリートのようなマシン』と呼んでいます。外で快適に使ってもらいたい製品を作りたかった。重さやバッテリーの面で快適になったのだから、次はOSやアプリケーションの面までダイエットしていこうよ、と考えたんです」 林「type Pはどちらかと言うと、『今までできなかったこと』をしてもらうための製品、と考えていました。例えば、買い物の途中で周辺の情報を、その場で開いてチェックする。あるいはハイビジョンの動画をどこでも見る、といった使い方です」 「それに対してVAIO Xは、『やらなければいけないことを、外に持ち出してやる』ためのもの。それを効率良くすすめるために、必要な機能だけを提供するという発想をしました。type Zのように『すべての面でベスト・オブ・ベストを狙う』製品もあれば、VAIO Xのような製品もあっていいのでは、と考えます」 モバイルでの使い勝手のためにAV機能を落とす、という点は、他社なら可能性がある選択肢だが、こと「ソニー」としては、非常に画期的な決断といえる。そういう意味では、Xは「VAIO史上もっとも割り切ったVAIO」なのかも知れない。 今回はVAIO Xの概要と、実現のための道のりまでを掲載した。だが、VAIO Xができるまでには、まだまだ道のりがある。特にこの製品は、製造を担当する長野テックとの連携が大きなカギとなっている。 来週掲載予定の後編では、実際にVAIO Xを「作る」ためにはなにがあったのか、強度設計やボディ加工、そして、普段は公開されない長野テックの製造ラインや設計機材の様子も含め、レポートしていきたい。 筆者紹介─西田 宗千佳
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)、「クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの」「クラウド・コンピューティング仕事術」(朝日新聞出版)。
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